+grow away+

「あああああッ」
「なんだやかましい!」
 眠気を誘う午後の静寂を破った声に対して、即座に応じた非難もこれまた負けず劣らず騒がしい。悟空と三蔵だ。ところは三蔵の執務室。彼の声は存分に棘を含んでいる。仕事が忙しかったのか、単に虫の居所が悪いのか、とにかく、不意の大声を上げるタイミングとしてはあまり良くは無かったようだ。
 ワケも聞かずやかましいとか言わなくても……と内心愚痴りつつ、悟空は幾らかトーンダウンして控えめに、雑多なものを仕舞ってある戸棚を指し示した。
「あのー、ここに俺が置いといたまんじゅう知んねえ?」
 まんじゅう?と低く呟くと同時に三蔵の眉間に深い筋が刻まれた。聞くんじゃ無かったと後悔するに十分に深い筋が。まんじゅう一個でこの空気は無いだろうと悟空が前言を撤回しようとしたまさにそのとき、三蔵が口を開いた。
「ああ!…………食った。」
「は?食ったって?」
「詳しく言うとだ、俺が昨晩、徹夜中に、小腹が空いたんで、夜食に食った。」
「嘘マジで!?」
 三蔵は大まじめに頷いた。
「マジだ。」
「んだよソレー、俺が後で食おうと思ってたのにィィィ、出せ戻せ俺のまんじゅう!」
 がっくりと膝から崩れ落ちる悟空に対して、三蔵は先程からの妙にまじめくさった態度を崩さない。
「そんなに戻して欲しけりゃ、戻してもいいが?」
 微妙な間があって、悟空は相変わらず顔を起こさないまま、いいです……と力の無い返事をした。
 三蔵が立ち上がる気配がする。と、思ったら。
「だいったいだな」
「イテ!」
 手にしていたらしいファイルでバサリと頭を叩かれていた。
「食いモンをどこでもかしこでもしまっとくなと何度言ったら分かるんだ。」
「エー、だって、別に、どこでも、いいじゃん。」
「あのなあ……。もうそろそろ何処でも置いとくとすぐに腐っちまうぞ。」
 顔を上げると、三蔵は窓辺に視線を向けていた。逆光でその表情は窺い知れないが、窓の外の景色を思えば、そう機嫌の悪い様子でもないかも知れない。もう四月、季節の花が咲き乱れ、日差しは暖かい。昼寝日和だな、と悟空は思った。
「じゃあ、次にまんじゅうあったら俺のがいっこ余分な!」
「分かった分かった。」
 結構大胆な交渉のつもりだったのだが、意外にもあっさりとした答えがあった。
 三蔵はそのまま戸口に向かう。
「え?休憩?」
「いいや仕事だ。しばらく出る。」
 一緒に、と言いかけた悟空の言葉にかぶせるように問い掛けがあった。
「付いてくるか?」
 少しだけ振り返った肩越しの視線が返事を待っている。
 悟空は弾みをつけて立ち上がった。
「行く!」
 三蔵を追いかけて歩き出し、戸棚の横を通り過ぎようとして、未練がましい視線をそこに向けて……悟空は再び大声を上げた。
「あああああああッ!」
「なんだ今度は!」
 三蔵は開き掛けたドアを閉じた。あまり大騒ぎを外にまで聞かせたくはない。
 仕事に急ぐ三蔵の気持ちはその声から十分察することが出来たが、こればかりは言わねばならない。悟空は、ちょっとちょっとと手招きした。三蔵も急かすよりも付き合ってさっさと終わらせる方が得策だと判断したのか、不機嫌な表情を張り付かせたままではあるが、歩み寄る。
「なんだ?」
「もっと近く近く!」
「は?」
 殆ど目の前の位置から得意満面で見上げる顔。
 しばらくにらめっこ状態で思案したがお手上げだ。
「意味が分からん。」
「えー、分かんねえ?」
「分からん。」
 悟空はふてくされて頭を掻いた。
「俺たぶん背伸びてんだって。」
「気のせいじゃないか?相変わらずちっさいぞ。」
「小さい言うな!」
 悟空は、戸棚をびっと指差した。
「前は!こっからだったらちょこっと背伸びしないと中のあそこ見えなかったんだよ!今普通に立ってて見えたんだよ!」
「フーン。」
 三蔵はもう興味を失った様子だ。
「なんだよー素っ気ないなー。」
「チビが多少背が伸びたところでチビだからな。」
「ヒッデーそれヒッデー、いいよそのうち三蔵くらい追い越すもんね!」
「生意気だ。」
 今はまだ随分と高く感じる位置から、再びバサリと頭を叩かれた。
「イッター、三蔵、たぶんそれ、三蔵が思ってるより痛いよなんだよその分厚さ!」
「資料の分厚さには俺も嫌気が差してるところだ。」
「八つ当たりかよ!折角伸びてんのに縮んじゃうじゃん!」
「勝手に縮んどけ。」
 今はまだ少し低い位置から、更にブツクサと返る声があったが、三蔵は聞かない振りをする。思わず漏れた本音を悟られたくはなかった。
 身長だけでなく、いずれは、もっと違うことでも彼は自分を追い越していくだろう。それは確実なことに思えたが、何処か素直に歓迎出来ない気持ちもあった。
 嫉妬とも、寂しさとも判じ難い、微妙な……。
 それは兄のような、或いは父親のような気持ちなのかも知れない。家族を持ち得なかった自分には確かなことは分からないけれど。
「さっさと行くぞ!」
 今はまだ、素直に後ろを付いてくる悟空にそう投げかけて歩き出すのだった。

最近ちょっと悟空を書くのに抵抗がなくなった気がする……かな?しかし短い話なのに視点がコロコロ変わって読み辛いですね。欲張って両方入れるからですね。
最初コレ、台詞だけのおもしろネタで思い付いたんだけど、なんかイイカンジにまとまったのでこんなんなったんだけど、最初の取っ掛かりが取っ掛かりだったんでこんな副産物があります。
>>>>オマケ
あー、コレ、もうちょっと早くに書けてたらお誕生日!とかやれそうなネタだったのにねえ。
ちなみにタイトルは、grow away from 〜で、〜(肉親・友人など)から離れる、の意味です。
(2007/04/07)

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