銃弾は尽きた。
三蔵は舌打ちして、銃床を背後の敵に叩きつけた。狙い済ました一撃は確実に敵を沈める。しかしこれで終わりではない。間合いを取りながら弾倉を新たな銃弾で満たす。
森の木々が目隠しになって何とか銃弾を込める隙は取れた。
しかし。
「……大分、離されてるな。」
軽く顔をしかめてようやく三蔵に気付いた相手に弾を叩き込んだ。
ひとりひとりは大した手合いではない。数の問題だ。
三蔵は背後をチラリと視線だけで振り返り距離を確認する。やはり少しずつではあったが、確実に最初に戦闘の始まった場所から引き離されている。戦力を分散させる気らしい。
(元々連携なんざしてねえんだから関係無いといえば関係無いんだが。)
思索の余裕さえ見せながら次々と銃弾を放つ。
それ程に個々の戦力は大したものでは無い。
(……戻るのが面倒だ。)
ジープは最初の位置にそのまま停車している。そこまでは自分の足で戻らなければならない。予想外の運動に加えてプラスアルファかと思うと余計にイライラが募る。
「ったく、弱ぇなら弱ぇで大人しくしてろってんだ!」
再び弾切れとなった銃を振り回して追って来た敵を片付けると、取り敢えず自分の周囲から妖怪の気配は無くなった。大きく息をついて銃を下げる。
まだ向こうに敵が残っていたら面倒だとでも考えたのか、三蔵はいたって緩慢に元の場所へ向けて歩き出した。しかしその彼を待ち受けていたのは予想だにしない事態だった。
「なに?悟空が戻らないだと?」
反復する三蔵に八戒が重い表情で頷いた。
「ええ……。もう辺りが静かになってから随分経つんですが。悟浄が先に様子を見に行っています。」
そう言って背後の森を振り返る。悟浄はそちらへ向かったらしい。
「チ」
三蔵は舌打ちして口にした煙草の端を噛んだ。
「何処へ行ったか見当は?」
「僕らも相当ここから引き離されていたので分かりません。僕も行きます、もしかしたら戻ってくるかもしれませんからあなたはここに」
その言葉を遮って三蔵が言った。
「いい、俺が行く。」
足元にまだ随分と残った煙草がころりと地面に転がる。
それを目で追って八戒が答えた。
「分かりました。まだ伏兵がいるのかも知れません、気を付けて。」
「……言われるまでも無いな。」
既に背を向けていた三蔵は軽く手を挙げて深い木々の合間へと姿を消した。それを見送って八戒は溜息と共に視線を落とした。その先にはジープがある。そこに彼は不安げな色を読み取ってボンネットに軽く手を添えた。
「……無事に済むといいんですがね……。」
背後に視線を感じられなくなると次第に三蔵の足は早くなっていった。
辺りに妖怪の気配を感じられなくなってから随分と経つ。それなのに悟空は姿をあらわさない。その意味を、考えたくは無いのに考えてしまう。
―何処かで動けなくなっているだけだ。
足が折れても自分でやってきた馬鹿が動けない程の怪我?
―あの程度の相手にてこずる筈は無い。
伏兵がいるのかもしれない、八戒の言葉が嫌が応にも蘇る。
固めた拳が近くにあった木の幹を打った。
「クソッ」
左手に薄く血が滲んだがそのことにすら気が付かなかった。
ガサリ、と近くの茂みが鳴り殆ど反射的に銃を抜く。
が、そこには何の姿も無い。動物か何かだったのだろう。
己の余裕の無さに歯噛みする。
「……なんだってんだ……!」
存在の重さを、思い知る。
大切だとか、そんなものじゃない。
たったひとりの不在に調子さえ失っている、事実だ。
何度目とも分からない舌打ちを漏らして三蔵は声を張り上げた。
「オイ馬鹿猿、生きてるんなら返事ぐらいしやがれ!!」
しかし木々の合間から返るのはこだまばかりで期待する返事は無い。
考えずにはいられない。
(もしも)
こんなところで最悪の結果がやってくるわけは無い。
否定し続ける心の声とは裏腹に、胸に迫る感覚。
(そんなこととても受け入れられない)
考えずにいられない、もしも。
こんなにもあっけなく失われることが。
歩みを止める。
一度、引き返してみよう。そうすればきっと。
「……見つからないか。」
三蔵を迎えたのは八戒と悟浄の二人だった。その表情は暗い。
三蔵の視線に悟浄は軽く首を振った。
「俺もかなり遠くまで探したんだけどよ。……もう一度行ってみるか。」
「そうするしかないでしょうね。まさか」
ガン、と三蔵が音を立ててジープのへりにもたれた。
「それ以上言うな。」
「八つ当たりはよしてください、ジープがかわいそうでしょう。」
「誰が八つ当たりだ?」
「じゃあそういうことにしておきますけど。」
八戒は視線を転じ悟浄を振り返る。悟浄は軽く肩をすくめた。
「俺、もういっぺん行ってくるわ。」
三蔵が横目を上げて吐き捨てるように言う。
「これだけ探したんだ、しばらく待ってみるしかあるまい。」
「んなこと言ったってもう随分経つぜ?」
三蔵は答えずジープの縁にもたれたまま煙草に火をつけた。
その刹那、背後に差す影―振り返る余地さえなかった。
「だーれーだー?」
その声は。
ポトリ、と煙草が地面に落ちた。その手は未だ口元に運ばれたまま微かに震えている。その上、三蔵の相貌を覆う手は紛れも無く、
「あ、アレ?三蔵……大丈夫?」
悟空だった。その声は心なしか上ずっている。そろりと両手を外し、やはりそろそろと背後から三蔵の表情を覗き込む。俯いた様子からは何も分からない。ただ、上げたまま震えた手が不吉な予感を誘う。
「えーとー……三蔵……あのーなんてーかちょっとした冗談ってゆーか、あのー……聞いてる?」
緊迫した空気が流れる。
そっと背を向けようとする悟浄の肩を八戒がぐっと掴んだ。
「テメェ」
「おや、あなたも仲間でしょう?」
そう、最初から三蔵ひとりが騙されていたのだ。
その三蔵の手がようやく自由を取り戻したかのようにゆっくりと懐に向かう。それを間近で見つめていた悟空はごくりと喉を鳴らしたが、何故か今度は彼が動けなくなったかのように逃げる行動を起こせないでいた。
「テメェら、覚悟はいいか?」
そのいっそ静かとも言える声音が、これから起こる惨事を物語っていた。
―ガウンガウン
「いいか今日はマジ殺す!」
「ぎゃああああああああああああああああッ」
「三蔵目が違うッ」
「だからマジだっつってんだ!」
昨晩のこと。
「ねえねえねえねえ王様ゲームって何?俺してみたいんだけど!!」
夕食のテーブルで何処からそんな言葉を耳にしてきたのか騒ぎ出したのは悟空だった。唐突だったが八戒は余裕の笑みを見せた。
「ははあ、この面子で王様ゲームですか、面白いかもしれませんね。」
「でなんなの?」
急かす悟空に悟浄はやめとけと手を振る。
「あー、くじひいて王様決めて、残りが王様の命令に従うってだけだよ。ってかこの面子でやって何か楽しいか?」
「それなりに面白くはあると思いますけど。」
何より悟空が断然乗り気だった。
「やりたいやりたいやりたい!」
「じゃあ僕クジ作りますね。」
「やった!」
「フン、下らんな。俺は部屋に戻るぞ。」
黙って動向を見守っていた三蔵は椅子を鳴らして立ち上がった。
「あ、オイ、ちょっと……って三人で王様ゲームも無いだろうよ。」
悟浄は椅子を傾けて手を伸ばすが三蔵は構うことなく階上の部屋へと向かう。八戒は構わないでしょう、と笑う。
「まあまあ。悟空も期待していることですし、一回くらいいいでしょう。」
「うんうんうんうん!」
「仕方ねえなあ。」
「ハイ、くじ引いてくださいねー。残ったの僕が取りますから。」
悟空が一番に身を乗り出し、悟浄も気がすすまなげにのろのろと手を伸ばした。そして箸袋の端にかかれた文字に顔色を変える。それと対照をなすように八戒は依然、笑顔のままだ。
「ゲ。」
「王様はー、僕ですね。じゃあ早速命令を。」
ガシリと手のひらで悟空の頭を押さえ込むが、その悟空も抵抗はせず暗い顔で返す。
「……悟空、責任取れよ。」
「……俺このゲームの怖さが分かった気がする。」
八戒は楽しげな様子でサラリと命令を下した。
「えーと、じゃあ、明日一番が二番と共謀して三蔵を騙す、でvv」
「えええええええええええええええええええええええええええええええッ」
二人の悲鳴をよそに八戒は続ける。
「心配しなくてもプランは僕が練りますからvv」
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええッ」
「王様の命令は絶対ですよ?」
ピッと立てた人差し指の向こうには人の悪い笑みがあった。
「イヤイヤ、悟空も成長しましたねえ……あなたを騙せるくらいには?」
横目でクスクスと笑う八戒に三蔵は目は合わさず吐き捨てた。
「どうせテメェの仕組んだことだろうが。」
「あ、バレてました?」
八戒に悪びれる様子は無い。諦めたように一息ついて三蔵はくわえた煙草に火を付ける。
「あいつらがこんな大それたことするワケがねえ。」
「確かにそうですねえ。でも」
八戒が言葉を切る。なんだ、と短く促して三蔵は横を見た。
その視線を待って八戒は言った。
「いつまでも子供だと思ってたら痛い目見るかもしれませんね?」
一瞬真顔でそれを聞いて、三蔵はついと視線を逸らした。その先にはまだ喧嘩の最中らしい悟浄と、そして悟空の姿がある。
「フン、あいつが俺に追いつこうなんざ千年はえーんだよ。……何が可笑しい。」
薄く笑みを残したまま八戒は、いえなんでも、とだけ答えた。三蔵はいつもの不機嫌な顔で煙草をふかす。
「チッ、胸クソ悪ィ。」
まだ随分と残っている煙草を地面に落とすと徐にハリセンを取り出す。
「オイ、テメェらいつまでやってるつもりだ!?」
威勢のいい音が二回続けて鳴り響く。同時に悟浄と悟空が頭を押さえた。
「イッテー」
「なんか俺タダ殴られって気がするんだけどよ!!」
「うるさい!!」
「ぎゃあああああああああああああああッ」
再び快音。
ようやく沈黙する二人に三蔵は言う。
「さっさと行くぞ、今夜も野宿したいか?」
「イーヤー!今日はあったかいメシ食いたいッ」
「だったらさっさと動けこのバカ猿!」
「ハイハイ!!」
「そっちのゴキブリヤロウもだ!」
「だっ、あーもー今走ってんだろうがッ」
「遅いんだよさっさとしろ!置いてくぞ!」
三蔵は背中越しにおざなりに手を振る。先を歩けるのは今だけだとしても、無様な背中は見せないで、進んでいく。そうあれるように。
長い旅路、今の一歩一歩に強い意志を込めて、彼らは歩いていく。
-end-
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