Stand by me.




 三蔵は溜息を落とす。
 打ち付ける水滴に揺れる窓硝子。
−雨だ。
 ある程度吹っ切れた筈の想いとは裏腹に、どうしても気分は沈んでしまうわけで。
(・・・・・・条件反射ってヤツか?)
 自分の思いつきにまた余計に気分が悪くなったりして・・・・・・手に負えない。
 そんなわけで溜息に始まり溜息に終わるような不毛な思考のエンドレスリピート。
「・・・・・・ぞッ、三蔵!」
「耳元でうるせえんだよ、馬鹿ザル!」
 普段より当たりがキツクなるのも毎度のこと。悟空もそれでめげるようなことはない。
 −雨だから。
 暗黙の了解。
 性質の悪いことにはその妙な気遣いがまた余計に気に障ったりするわけで、ますます手に負えない。
 オプションには自己嫌悪を。
(・・・・・・最悪だぜ。)
 三蔵は溜息の後に語気を抑えて問い直した。
「・・・・・・何だ?」
「別に何ってわけじゃないけどさ。三蔵、なんか全然こう、俺たちここにいるのに、なんてゆーか・・・・・・」
 悟空は言葉に詰まる。少し離れて八戒とテーブルに向かい合って座っていた悟浄が笑いを漏らした。その手にはカードがある。
「ココロココニアラズってカンジ?・・・・・・うっし、ストレートだ!」
 そうそうソレソレと振り返るが悟浄はもう手元のカードに集中している。
「そう来ましたか・・・・・・でも僕はストレートフラッシュなんですけどね?」
「駄目ッ、ぜってーコイツには勝てねーッ」
 今度は悟浄ががばと振り返った。
「悟空来い、おまえも混じれ、負けて俺の気を晴らさせろッ。」
 失礼な物言いにむかっと怒りのリアクションを見せて悟空は立ち上がる。
「何言ってんだよ、ぜってー俺が勝つッ!!」
 二三歩テーブルに歩み寄って、思い直したようにまた引き返す。
「三蔵。」
「だから、何だ?」
 悟空は止める間も与えず三蔵の手を取ると、ぴたりと自分の頬に当てた。軽く振り払おうとするが、悟空の方に離すつもりがないらしくあきらめて三蔵は口を開いた。
「何のつもりだ?」
「だから!」
 答えた悟空の瞳は真摯な光を覗かせていた。
「俺が!ちゃんと三蔵の傍にいるからなって、そういう合図!」

−わたしはあなたの傍にいますよって意味なんですよ?

「・・・・・・三蔵?聞いてんの?」
 今度はゆっくりと三蔵は自分の手を取り戻した。悟空も止めなかった。
「・・・・・・知ってる。」
 てっきり、何かしらひどい応対をされるものと覚悟を決めていただけに悟空は拍子抜けだった。やや間を置いて言い足す。
「今すぐじゃなくていいからさ、三蔵も気が向いたら後で入れよな、カード。」
「ああ。」
 偶然とは思えないようなリンク。いや、偶然でしか有り得ないのだが。
 もうずっと、昔のこと。
 穏やかな日々がずっと続いていくと、そんなふうに他愛もなく信じていたあの頃−。



「おかーさーん、おかーさーん」
 小さな女の子が泣いている。母親が駆けてくる。
「まあ、阿野ちゃんこんなところにいたのね。」
「おかーさーん」
「擦り剥いちゃってるじゃないの、どうしたの?」
 子供と同じ高さまで落とした目線で問いかけ、やがて抱き上げる。
 遠ざかっていく親子の後姿を何気なくぼんやりと見ていた。他意はな無い筈だった。
「さ、帰りましょうか。これでもう、廻るところは終わりましたから。」
「あ、ハイ。」
 振り返るといつの間に出てきたのかそこにはお師匠様−光明三蔵が立っていた。今日はちょっとした用事で山を降りた彼の供をしてきていたのだ。用件にまで首を突っ込むのは分に合わないと判断して外で待っていたわけなのだが、すぐ後ろに来るまで気づかなかったとは随分とぼんやりしていたらしい。
 そのことに光明も気づいてかくすりと笑った。
「随分、ぼんやりしてたんですね?あなたらしくもない。」
 図星を指されてむ、と眉を寄せる。
「・・・・・・別に。ぼんやりすることくらいありますよ。」
「・・・・・・ああ。」
 急に合点がいったように漏らす光明の視線の先にはもうかなり小さくなった、先刻の親子の後姿があった。何か言われるより先にと口を開く。
「・・・・・・関係ないですからね。」
「ハイハイ。」
 そう答えながらも、まだ口元にはくすくす笑いが残っている。とは言え、この人物が笑みを浮かべていないことの方が珍しいのは江流も知っていた。いつも穏やかに微笑んでいる、そういう人だった。
「そう言えば、江流は同じ年頃の子と遊んだりとかもないんですよねえ。」
 それでこんな可愛くないコになっちゃったんでしょうかねえ、と余計な事まで言い足して置いて光明はまた笑う。
「別にそうしたいとも・・・・・・なんですか。」
 ますます笑い出す光明に江流は眉をひそめる。不審からではない。むしろ、嫌な感じ。
(この人は、すぐになんでも見透かしたつもりで。)
 けれど、本当に怒り出す気にはなれない。嫌な、感じ?
「いえね、江流はすぐになんでも、別にって言うものですから。」
「口癖ですよ。それがどうかしたんですか。」
「ふふ。」
 妙に含みのある笑顔に、何が何でも問い正したい気分になる。
「だからなんなんですか?」
「そうそう、そういう顔してる方がいいですよ。」
「・・・・・・は?」
 穏やかに光明は続ける。
「あなたは何でもすぐに別にって言うものですから。まだまだ子供なんですからたまにはそうやってむきになって、何か欲しがってくれなくちゃこっちが不安になります。」
 その言葉にはっとして江流は目線を逸らした。
「・・・・・・別に。」
 あなたがいれば、とは続けなかった。
「ほらまた」
「お師匠様はそうやって結局は人をからかってるだけなんですから。」
 早足で先を歩き出す背中に、妙に真剣な声が返ってくる。
「本当、ですよ。」
「・・・・・・分かってますよ。」
 願いはたった一つでも大事なもの。ちゃんとこの胸にあるから。
「江流。」
 振り返ると、まっすぐに目が合った。先刻の母親のように、光明は目線をそろえるためにしゃがみこんでいた。
「なんですか、突然。」
「いえね」
 にっこりと一際笑顔を深めて、光明は江流の手を取ると自分の頬にその手をあてた。
「・・・・・・なんなんですか。」
 振りほどくのも躊躇われて江流はそう問うしかなかった。
「うれしくないですか?」
「なッ・・・・・・」
 笑顔のまま光明は続けた。
 あなたがいれば、とは続けなかった。
 続けなかったのに。
「これはね、わたしはあなたのそばにいますよって、そういう意味なんですよ?」
 急に胸が詰まって、今度こそ江流は手を振りほどいて歩き出した。
「江流?」
 夕陽が眩しくて、けれどそれでも振り返らないままに江流は答えた。
 いつも、この人は何でも知っている顔をする。
「ありがとうございます。・・・・・・私−俺も、あなたのそばにいますよ。」
「ふふ、ありがとうございます。」
 追いつく気配を背中に感じて江流はまた少し足を早める。
「そんなに急ぐこと無いでしょう。」
「何言ってんですか、さっさとしないと日が沈んじゃいますよッ。」
「そうですねえ、夕飯食いっぱぐれは嫌ですもんね。」
 前でがっくりとつんのめる江流を見て光明は訂正を加える。
「あ、それともアレですか。夕陽に向かって走りますか。」
「死んでもごめんです、やりたきゃ一人でやってください!」
 その日は、夕陽が眩しかった。とても眩しかった。
 そうやって、変わらず朝陽を拝んで夕陽を見送って日々は過ぎていくのだと信じていた。穏やかな日々が続いていくことを願っていた。あの人と生きていくこと。
それがたった一つだけ、けれど大事なことだった。とても大事なことだった。
 失う日が来ることなど、考えてもいなかった。

 暗く、雨の降っていたあの日。
 血に染まる頬に自分の手をあてた。
 あの日、どうして言葉だけではなくこうしなかったのか。
 傍にいるといってくれたあなたはいなくなってしまった。・・・・・・守れなかった。
 お師匠様、そばにいること、それはなんなんでしょうか。
 あなたはいなくなってしまったのに。
 忘れないということ?心に、人は生きるの?
 何も分からないままに時間だけが過ぎていった。



「で、俺の席はどこにあるんだ?」
 狭いテーブルを囲んでいた三人は、三蔵の言葉ににやりと目配せをする。
「流石三蔵様、そーこなくっちゃv俺様がぎたんぎたんにのしてさしあげてよー?」
「今度は勝つ、俺が勝つ!」
「だったらメシ賭けるぅ?」
「うー・・・・・・それはヤだ!!」
「そら見ろ、やっぱ自信ないんだろ。」
「それとこれとは別!」
「もう、悟空が負けを引き受けてるからって急に機嫌が良くなるんですから。」
 呆れ顔で八戒は言った。
「あ、三蔵、さっき自分で椅子窓際に寄せちゃったでしょう。あれ持ってきてくださいよ。」
「ちッ、面倒だな。」
 言ったかと思うと、悟空ととっくみあいモードで半分椅子から離れていた悟浄の背をがし、と蹴落とした。
「三蔵、ってめ」
「ほら、俺が入ってやるって言ってんだ、さっさとおまえはあっちの椅子持って来い。」
 さっきまで自分が座っていた椅子を指差して三蔵は素知らぬ顔で既に八戒が手際よく配ってしまったカードをめくっている。悟浄も八戒からの視線を受けてお手上げね、と椅子を引きずってきた。
 手元のカードをめくってむむむむむと眉を寄せている悟浄と悟空には気付かれないよう、小声で八戒が問い掛けた。
「急に、どうしたんです?」
「何がだ?……手が悪いな。」
 後半は手札に向けられた言葉だ。八戒は窓を見遣る。
「いえ、イイ顔してるものですから、こんな日に。あ、本当に悪いですね、手札。」
「……は?」
 三蔵は背後を振り返ると、勢い立ち上がり手札をテーブルに投げかけた。
「何すんだよ、三蔵ッ!」
「おまえらもだッ」
 そのままばしばしと二人の手札も場に強引にばらまいた。
「あー俺折角ジョーカー来てたのにッ。」
 悟空は悲痛な顔でばらまかれたカードに手を伸ばす。
「何考えてんだよ三蔵」
 文句を続ける悟浄の前に待てと差し出した手をそのまま窓の方に向ける。二人の目線もそれを負う。八戒だけが一人にこにことしている。
「あああああああッ」
 いち早く気づいた悟浄が声をあげ、なになにと騒ぐ悟空の頭を手のひらでぐしゃっとやった。
「バッカ、この位置だと八戒は全員の手札見えるんだよ、硝子に映ってっから!」
「あー、ずりーよ八戒。」
「あははははは。でもカード隠す人よりはいいでしょう。」
 そう言うと三蔵の席−つまり先刻まで悟浄が座っていた椅子にかけられていた座布団をめくる。すると、ばらばらとキングやクイーンのカードが零れ落ちてきた。
「おまえもかッ」
 更にはそう言って腕を振り上げた三蔵の袖口から一枚のカードがひらり。
「あ、三蔵コレこの前なくしたって騒いでた予備のジョーカーじゃないですか。」
 お互い様と分かった悟浄は涼しい顔で三蔵を見遣る。三蔵はびっと八戒を指差した。
「だいったいが、コイツ相手に正攻法で勝負して勝てるわけねえんだよ。」
「……ま、ナニしても勝てなかったんだけどな。」
「そうですねえ。」
「何気に同意してんじゃねえよ、八戒。」
 だん、と机が鳴る。
「……悟空。」
 その意に気付いた八戒が口を開きかけるがえっとと言葉を詰まらせた。
「けっきょく!!マジメにやってたの俺だけなんだなッ、もういいッ!!」
 そうして返事も待たずにばたばたと部屋を出た。
「悟空……ちょっとやりすぎたな。」
「ホントですよ。」
「おまえ、人のこといえねーだろ。」
「僕のは事故ですよ。」
「待ておまえら。今何時だ?」
 三蔵の言葉にはっと二人は時計を仰ぎ見る。
 悟浄がやられたっと呟くのとほぼ同時に階下からいただきまーすと元気な悟空の声が響いてきた。
「アイツ、一人でメシ食う気で……ちっとは賢くなったじゃないの、コザルちゃーん?」
 そのまま不審に両手をぽきぽきやりながら部屋を出る悟浄の背を見送って八戒は笑う。
「それじゃ僕たちも行きますかね。」
「そうするか。」
 答えて三蔵は八戒がまじまじと自分の顔を見ているのに気付く。なんだ、と問うとまた八戒は笑った。
「いえ、だからさっきイイ顔してるけどどうしましたって言ったでしょう。」
「……ふん、そういう日もあるさ。」
「ですね。」
「ほらさっさと行くぞ。」
「そうしないと、二人、どこまでやるか分かりませんからね。早く止めに行かないと。」
 部屋を出ると案の定、階下からの騒がしい声が耳に入って、三蔵は深々と溜息をついた。階段を降り、廊下を抜け食堂の扉を開ける。
「−おまえら!」

-END-






いかがでしたでしょうか〜?6666番リクエスト、三ちゃんミニこと江流とおっしょーさまのお話でした。
なんつーか書いてるうちに光明様が八戒化するのが止めるすべも無くずるずると……。以前に、友人がこの二人は似ている!と言っていたのを身をもって体験しました。そんで雰囲気というかノリが似てるので三ちゃんは八戒といると妙に落ち着いてるんじゃねーかとも言っておられましたが私もコレ書いててなんとなくそう感じましたです。アレですね。何かと察しが良くて見抜かれちゃってるカンジが癖になるんでしょうか、三蔵様。
うわ、にきび潰れたーぎゃー血ィ出たよおおおおお。くそう。書いてる間中いじってたので当然の結果か。眉毛まっただなかで気になって気になって仕方なかったのよう。
閑話休題。
今回は冒頭、いつもとちょっと違うノリで攻めてみました。しかしどちらにしてもウザイヤローのモノローグは書いてていいですね。この駄目駄目感がむしろ男の魅力ね。(さて、前記の「ウザイ」はどこにかかるのでしょう。1.ウザイ→ヤロー 2.ウザイ→モノローグ 3.ウザイ→ヤローのモノローグ 答え:分からん。何となく書いた。)  関係ないけど、昔よく弟とポーカーしたわあ。親切にカード切る振りしてよく仕込んでたわねえ。いかにこの仕掛けを気付かれぬよう、しっかり切ってる振りするかがポイントでしてねえ。そりゃあもう、ストレートでもフルハウスでも思うがままさ。はっはっは。 と、そんなわけでした。(←どんなやねん。)お楽しみいただけたならば幸いです。