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最後に涙を流したのはいつだったか。
記憶を辿っても明確な答えは見つからない。
それだけ、ずっと昔に失くしてしまった感情なのかもしれない。
江流は庭掃除の手をふと止めると、静かに夕暮れの空を見上げる。突然そんなことを思ったのには訳があった。夢、のせいだった。ここ数日続く、同じ夢。
黄金の瞳。
それが、とてもつよく印象に残っていた。つよく。
色は違えど、丁度今山の陰に沈もうとしている夕陽のように、ひとを惹きつけずにはいられないものだった。目を、奪われる。傍若なまでのうつくしさがあった。
夢にしてはリアルな実感。
けれど、江流はその瞳の主を知りはしなかった。
「江流!」
思索を破るように呼び声が響く。
「お師匠様。」
遠くから手招きする。声はよく聞こえないが身振りでなんとなく言っていることは分かる。もうきりが無いからやめておしまいなさい、とかその辺り。
「お師匠様は妙にいい加減なところがあるから……。」
呆れ気味に溜息を落としたものの、光明の言うところも最もではある。
そんな言葉を口にするとき、人の見ているところでは決して緩むことの無い表情に、微かに笑みを浮かべている事を、江流自身気付いてはいない。
常に、何者をも受け入れず、何者をも許さず、張り詰めた糸のような、子供らしからぬ態度をしていた。
師の前でだけは、それがわずかに緩んだ。それだけ、江流にとって光明は特別な存在だった。そして、唯一の存在でもあった。他は、誰にも。
ただ。
黄金の瞳。
夢で出会った。
それが夢とは言え、他人のことが気になるのは、彼にとっては特別なことだった。
最後に涙を流したのはいつだったか。
そうやって、欠けたものを埋めていくような……そんな、特別、を。
江流はそこまで考えて首を振る。夢にそんなものを求めるのは愚かしいことだと分かる。
(それでも。)
と思うことになんの罪も咎も無いだろう。
江流は再び思索にふけるように軽く目を閉じた。
その夢は、暗闇で始まる。
闇の中、つめたい黒の中、浮かび上がるのは更につめたい、岩肌。
スポットライトに照らし出されるように、孤独と悲しみの、深い色に満ちた岩牢が浮かび上がる。
そこにいるのは、抵抗する術すら持たないであろう少年だ。
岩で出来た格子から必死に手を伸ばし、呼んでいる、叫んでいる。その瞳は、鮮烈な、黄金。
涙を湛え、応えるものも無いのに、それでも呼んでいる、叫んでいる。
応えたい。その手を、取りたい。
(何故、そんなに泣くの。)
ここには、誰もいないのに。
誰もいなければ、目を閉じ耳を塞いでそうしていればいい。そうすれば、泣くことも……悲しむことも何も無い。
そう思うひややかな心とは別のところで、胸に迫る何かがある。
最後に涙を流したのはいつだったか。
自分の失くした、涙を。
江流は無意識に手を伸ばす。
求めあうふたつの、小さなてのひらが。
今。
ひとりでいることの怖さ、言葉の無い寂しさ、何よりも消えない、消える筈も無い喪失感、そんなものでいっぱいだった。岩牢の中で、このつめたい岩と同じように心までも凍り付いてしまったのならば、どんなにかよかっただろう。
暖かい光も、駆ける風も、光を映す緑も、ここからは何もかもが見えた。この手に届かないならば、いっそ何も見えなければこんなに焦がれることも無かっただろう。
悟空は冷たい枷のしっかりはまった両手を見つめ、拳を作ってまたひらく。
たくさんのものがこの手をすり抜けていってしまった。その感覚だけがつよく、今でも残っている。
取り戻す術も取り戻したいのかさえも分からないけれど、孤独だけが残った。
ただ時だけがゆっくりと過ぎてゆく。日は昇りまた沈み、移り変わる景色を見ながら、それが何のために課された時間なのかすら分からず悟空は過ごしていた。
欲しいものは無かった。
ずっと。
出たいとも思わなかった。
そこには何も。
不思議と、湧き上がる感情は無かった。長い間に涙さえも乾ききっていたのかもしれない。
しかし。
それはあるときからつづく夢。
悲しみに沈む紫暗の瞳。
それは何もかもがただ通り過ぎていくだけのこの場所で、たとえ夢でも、たったひとつ通り過ぎず留まり続けているものだった。眠る度に現れるあの少年。
彼を知っている。
直感的にそうも思ったが、やはり知る筈も無かった。ただ、彼がこの世界の何処かに居る、そんな気はしていた。
瞳に浮かぶ悲しみが、ただの夢とするにはあまりにもリアルな、シンパシーを呼んだ。
夢の中でさえ、悟空は岩牢の中に居た。現実と違うのはそこから見える光景が、望んだとおりの闇であることだ。
とても安らかな、そのままそこでうずくまって二度と目が覚めなければそれでもいい、そんな闇だった。一条の光さえも無いことが、今の悟空には何よりの安息だった。
どうせ手の届かないものなら、何も見えなくてもいい。
しかし、その望みは絶たれる。
闇の中、つ、とただ一箇所に光が射す。
そこに、彼はいた。
ただたっていた。
金髪の、小柄な少年。悟空がずっと憧れていた外の光の色。
けれど、何よりつよく、つよく悲しみを訴える瞳の、紫暗。
悲しみが、涙がいっぱいのところまで来ているのに零れないでいるような、危うい色だと思った。それなのにうつくしいと感じた。
(何故泣かないの?)
そんなに悲しい色に瞳は揺れるのに。
……泣けないのか?
その手を取って、悲しみのわけを、訊きたいと思った。
いつしか、悟空は格子からぎりぎりのところまで手を伸ばしていた。涙を流していた。名も知らぬ少年を呼んでいた。決して褪せない悲しみを湛えながら涙も流さず立っている少年、その代わりのように泣いて。
必死に呼ぶ手のひらに、応えるやはり小さな手のひらが今、
重なる。
夢はいつもそこで途切れる。
二人の少年は、誰の上にも等しく広がる、同じ空を見上げて思う。
いつかきっと、出会うから。
アンソロジー企画の応募詳細を見つつ10キロバイトのテキストってどのくらい?と過去に書いたものをアレコレ見ていたら、書きっ放しのブツが発掘されてきました。
2002年に書いたものを恥ずかしげも無くアップしているひとがここにいますよ!
書いたもののなんかイマイチ展開に欠けると思ってそのままにしておいたような気もしますが、最近まで書いた事も忘れていたためあまり意図は覚えていません。
お蔵入りの一番の原因はカップリングっぽいからですかね。
健全サイトとか言ってるのになという面からも、(書く方は)原作外カップリングは無しの方向でとか言いつつこんなん書いてとは言うものの別にカップリングの積もり無くこんなもの書くとなんかカップリング嗜好の人に悪いような気もするしなんだかもうあーあーあーと思ってお蔵入り、という感じのような気がします。
でも貧乏性なので結局放出してみました。
(2007/01/21)
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