BAD DAY


「……テメェらうるせえつってんだろうがッ」
―スパァン
「いい加減に黙れ!でなけりゃ死ね!」
―スパァァンッ
「死ぬか!?死にたいんだな、そうなんだな!?」
―ガゥン
「何度言ったら分かるんだ、ええ!?」
―ガゥンガゥン
「……つーか死ね。」
―ガゥン
「殺す。」
―ガゥンガゥン、ガゥン!


  その日三蔵は、絶好調に不機嫌だった。元々もそう多くは無かったであろうボキャブラリーの あらかたを使い果たし、後は無言で容赦なく銃弾が跳ぶだけとなり、流石に悟空と悟浄も黙りこくってし まった。こうなっては何を言って癇に障るか誰にも予測がつかないのだ。
―ジープの中の空気は、妙に張り詰めていた。
  正に一触即発、という状況だ。
  というのもこの日は本当に暇だったのだ。
  刺客の襲来も無く―それ自体は悪いことではない―、だが街にも着かず―恐らくこのまま野宿 になるであろう予感は皆していた―、そして悪いことに景色もずっと代わり映えのしない荒涼とした赤土 と岩肌の続くばかり―辛気臭いといったらありはしない―という最悪の状況だった。狭い車内で大の男四 人がずっと顔を付き合わせたままこれといった会話も無い。
  イライラするのは三蔵ばかりではない。自然と悟空と悟浄の悪ふざけも簡単に喧嘩へとエスカ レートしやすくなる。その上、当然のように三蔵の機嫌も悪い。
  現在のような状況に至るのにそう時間はかからなかった。
―ジープはたんたんと、しかし妙に緊張した空気を乗せて走り続ける。
  八戒はなんとなく惰性の笑顔でハンドルを握り続けていたが、流石にこの緊張感に身を置くの には疲れていた。ので、なんとか状況の打開を図るべく口を開いた。
「えっと、少し休んでおやつにでもしましょうか。」
「え、うんうん!!」
  振り返ってはいないが、途端に顔の輝いたのが簡単に予想できる悟空の声が返ってきた。それ じゃ、と答えるより早くしかし三蔵が即座に口を挟んだ。
「俺は構わん。それよりも距離を稼いだ方がいい。」
  一見最もな意見だが、ただの天邪鬼という気もする。八戒は眉を寄せた。しかしやはり八戒が 何か言うよりも早く、悟空がそれに答える。
「そんなぁ、だって俺腹減った!!」
「ええっと……」
「うしろでひとりで食ってりゃいいだろう。」
「みんなで食った方がうまいに決まってんじゃん。」
「お二人とも……」
「俺はいらん。」
「だったら三蔵は見てたらいいだろ、悟浄は?」
「え?俺?……そうだな……。」
「何とか言えよ!」
「そうだハッキリしろ。」
「……なんで俺がこんな立場に……!」
「で、どうなんだ?」
「だから……。」
  そのとき、

―キッ

音を立ててジープは急停止した。
「のわッ」
「うわあ」
「……グッ」
  言い争っていた三人は仲良くシートやら自分の手やらに顔をぶつける羽目になった。三蔵は文 句のひとつも言おうとしたのだろう、きっと運転席を振り返った。が、結果として何も言うことは出来な かった。
  そこに何故かこの状況でむしろ完全無欠の八戒の笑顔があったからだ。
「三蔵のおっしゃることも最もですが、ジープも疲れているようですしちょっと休みましょう、ね?」
  三蔵がこくりと頷いたことは言うまでも無い。
  そうして四人はジープを降り、各々手近な岩などに腰掛ける。八戒は荷物からコーヒーの入っ た魔法瓶を取り出しコーヒーを入れる。三蔵と悟浄はそれぞれに離れて煙草をふかしている。悟空はなん となく気まずいながらも空腹には勝てず荷物から出したお菓子に手をつける。ジープは何故か車の形態を 保ったままである。賢い選択なのかもしれない。
―何せ相変わらず会話は無い。
  悟空はもそもそと幾分控えめに口を動かしながら三人の動向を伺う。が、会話の契機は見当 たらない。
「やはりちょっとみんなイライラしてますね。」
「あ、うん、そうだな。」
  いつもと変わらない穏やかな八戒の声にほっと肩の力を抜いて悟空は言った。
「悟空もコーヒー要りますか?」
「うん、サンキュ。」
  荷物からコップをもうひとつ取り出しにかかった八戒の背中に相変わらず剣呑な調子の三蔵の 声が呼びかけた。
「おい、俺の分はどうした。」
  ピタリ、と八戒の動きが止まった。
  が、同時に悟空もああッと声を上げた。
「さっき、三蔵『俺は構わん』とかゆったじゃん!」
「ああ、食いモンはな、コーヒーはまた別だろう。」
「なッ……!」
  そこで悟浄も吸い終えた煙草を地面で踏み潰し、淡々とした口調でこう言った。
「てゆーか、今の言い方はちょっと横暴でねえ?」
  三蔵もあん?と方眉を上げた。
「……どういう意味だ?」
「もっと、コーヒー欲しいんなら言い方があるだろうがよ、言い方が。」
「てめぇに言ったわけじゃねえだろう。ほっとけ。」
  三人の視線がまさに火花を散らしてぶつかり合う。
「……」
  今にも誰かが大声を上げそうな息遣いを破って、ガンと不穏な音が響いた。
「みなさん」
  八戒である。魔法瓶の蓋と本体を打ち合わせたらしい。魔法瓶の側面の痛々しい状況について はここでは伏せておこう。
「いい加減にしてください悟空も確かに今の三蔵の発言は突っ込んでくれと言わんばかりですが今日に限 ってはわざわざ三蔵を煽るような真似しなくても良いでしょう悟浄あなたのおしゃることも最もですが三 蔵の言う通り僕と三蔵の問題ですからあなたがわざわざ口出しすることは無いですええそうですありがた 迷惑ってヤツですよ嫌になっちゃいますね三蔵も三蔵ですなんですかそのさも当たり前みたいな言い方は 僕はあなたの専属のお茶汲みですかああそうですかいつからそうなったんでしょうかお分かりなら教えて 頂きたいですねてゆーか皆さんイライラしてるのが自分だけとでも思ってるんですかましてや僕がイライ ラしてないとでも思ってたらとんでもない大間違いですよ僕もそれなりに気が立ってるんですよそこんと こ分かってますかてゆーかむしろ分かれってカンジですよ?」
―一気にまくし立てた。
  悟浄と悟空は息を呑むばかりだったが、流石の三蔵は違った。突然の思わぬ方向からの攻撃に 面食らったことは否めないが、すぐに反撃を試みた。
「テメェ……」
  ……が。
「ハッハッハ、ようやく見つけたぞ、三蔵一行!!」
  聞き覚えのある正統派ヒーローめいた精悍な声。しかし、このまったいらな荒野の中で高いと ころと言ったら……。
  八戒の背の向こう、ジープのボンネットに紅孩児が立っていた。その背後の地面に八百鼡、李 厘、独角児も控えている。四人の視線が一気にそこに向かった。
「今日こそはおまえたちの命、そして魔天経文を……」
  しかし皆まで言い終えぬうちに三蔵が銃を取り出す。
「ほう?そいつはいい度胸だな。」
  悟空の手にも如意棒が具現化される。
「……なんか丁度いいタイミングだよな?」
  悟浄も腰から引き抜いた錫杖を素早く戦闘形態へと変える。
「悪ィけど、今日はぜってぇ負ける気しねぇわ。」
  八戒も凄みのある笑顔で気功を放つ右手を準備運動のように開いては閉じを繰り返す。
「こう、なんですか、今日初めてスカッとフッとばせる技を持っててよかったなあ、と思いますよ。」
  紅孩児もすぐに事の異常さに気付いた。
「もらい、うけ……え?」
  八百鼡が恐る恐る、しかし的確に現実を指摘する。
「あの、紅孩児様、私たちものすごくタイミングが悪かったのでは……。」
「……それ以上言うな、八百鼡……!」
  しかし、独角児もぽりぽりと頭を掻く。
「紅、俺も引き返した方が身のためって気がしてきたんだが……。」
「……。」
  そしてあっけらかんと、しかし実にシンプルに李厘は言った。
「さんぞぉー、なんかプンプンだよぉ?」
「……。」
  こうして、紅孩児たちは滅茶苦茶に気の立った三蔵一行の餌食になる、そう思われたそのとき。

―ボンッ

「うわあッ」
「ピィ―ッ」
  紅孩児の足元のジープが突然飛竜の形態に戻ったのだ。
  少しの構えも無かった紅孩児はまともに地面に投げ出され、挙句にジープに小突かれる羽目になった。
「紅孩児様!!」
  八百鼡が駆け寄るとジープも離れるが、踏みつけられたことを怒っているのか盛んにその頭上を弧を 描いて飛んでいる。
「紅……悪いが……。」
  独角児はなんとか口を開いたが笑いを堪えているのは一目瞭然だ。李厘に至ってはおにいちゃんマヌ ケ、とまともに口にした。
  しかし、笑いの発作に襲われたのは二人だけではなかった。紅孩児が地面に投げ出されたその瞬間に、 ブッとまず悟空が噴き出した。
「ハッハ、ほんと、マヌケー!サイコー!!」
「いいぞ、ジープ!」
  そう言って悟浄は自分の横で三蔵が俯いて肩を震わせているのに気付き、バンバンとその背を叩いた。
「三蔵、こうゆときは無理せず笑えって、我慢してっとつれぇぞ?」
「……放っとけ……」
  しかしそう返す声に力は無い。笑いを耐えるのに必死なのだろう。
  八戒は目尻に滲んだ涙を拭う。
「どうしたんでしょうねえ、緊張してたせいか妙にツボに……」
  これから命の取り合いをしようという相手が笑い転げしかもそれが自分の所為となっては、紅孩児も 立つ瀬が無かった。手を貸そうとする八百鼡に構わん、と答え立ち上がる。
「きょ、今日のところは引いてやる!有難く思え!!」
「……紅孩児様……!」
  忠実な配下たちはそのいじましい努力に涙した……のは一部で、相変わらず独角児は笑いを耐え李厘は きゃっきゃと騒いでいた。
「おー、そうしろそうしろ、個人的に今日は感謝しとくぜ。」
「ええ、今ので僕もスカッとしちゃいましたから、どうぞお帰りください。」
  悟空は笑い続けていたし、三蔵は口を開けば噴き出しそうなので黙っていた。
「クソッ……!」
  これ以上何を言っても情けないだけと判断したのは賢明だ。紅孩児たちは音も無くスッとその場から消 えた。そしてその後では、四人は―三蔵を覗いて―それぞれに思い切り笑い転げ、しかしジープはやはりせわしな く飛び回っていた。
  紅孩児に踏みつけられたことか、或いは先刻までの調子からこの馬鹿騒ぎに至った四人の為か、実は一 番迷惑していたのはジープかもしれない、そんなお話。




END





  うはい、お待たせしました、13958GET蛍様よりのリクエスト、「ちょー不機嫌な三蔵たちのところへ 紅孩児がやって来る!」でした!……ごめんなさい、最初に告白します。実は、…という話を、
「ジープの視点で」
というのがお題だったんです……無理でした……玉砕しました……ソーリー……。代わりにちょっと最後のオチはジープ でつけてみたりしました。
  まあそのリクエストを十分に果たせなかったという点を除いては(←除き為さんなよ。)、楽しく書けました。 皇子様……と変換されてしまう歴史(古代)仕様のパソが悲しいわ……王子様きっとバーコードにされる前なんだね、楽 しいね。こういうカラッと明るい話は地では書けないので書いてて本当楽しいですv
  関係無いですけど、この話でようやく李厘ちゃんとか独角にーちゃん書きましたね。健一は随分前から書いて たし、実は件のアンソロ原稿で玉面様もちょこちょこ書いてたりして、
あまつさえ黄博士先に書いてやんの。←参照:金の●●、銀の●●
ソレを思えば本当ようやく書いたね。吠塔城メンバー大分制覇したかな?あ、あとあの変ないろいろくっついたジジイが 残ってたやね。(←名前を覚えなさい。)関係無いですが今、独にぃと八百鼡のカップルにかなり萌えvなのでそうゆハ ナシ書きたいなあとか思ったり。……萌えませんか?
  ま、そんなこんな。久々の小説でしたがお楽しみいただけたなら幸いv