雨が、降っている。
「ヒッデー雨……。」」
薄く開けた窓から雨音を聞き悟空は呟いた。わずかな隙間からも容赦無く侵入しようとする飛沫にすぐにまた窓を閉ざす。ドアが開いて悟浄が入ってきた。
「おらよー、夜食くれっつったら適当に見繕ってくれたぜ。」
「さんきゅ。」
サンドイッチや夕食の残り物らしき揚げ物が並んだ皿を受け取る。悟浄自身はと言うと、冷えた缶ビールを手にしていた。短い夕食の時間では食べ足りない&呑み足りないというわけだ。
ツインが二室で雨の日……とあれば、この分かれ方がベストだ。余計な気遣いをしなくて済む。いろいろなことがあって、変わったことも変わらなかったこともあるが、どちらにしろ古傷みたいなもので雨の日には少なからず気分が落ち込むものらしい。……あの二人は。
「どーしたよ、おまえまで辛気クセーぞ。食っちゃうぞコレ。」
「駄目だって!」
慌ててベッドの間に設えられたサイドテーブルへ向かう。悟浄が皿を手で押しやった。
「まあそう暗い顔しなさんなって。」
「別にしてないよ。」
最初のサンドイッチをかぶりついたままの状態で悟空は悟浄をー缶ビールを傾けているー見上げて、何故か溜息を吐いた。
「あによ一体?」
「イヤなんかこう……三蔵にしろ八戒にしろ悟浄もだよ……三人見てるとなーんか俺一人呑気に生きてきてる感じがして……なんかなー……。」
悟浄は短く笑った。何だソレ、と。
「だーかーらー、なんか俺だけそういう落ち込む気持ちとか分かんないっていうか……そういうのがなんか悔しいんだよ。」
悟浄はそれを聞いてやはり笑った。ヘビーな生い立ち、というのであれば何百年だかも山奥にひとり取り残されていると言うのも十分該当する筈だが。
「おまえだって、ぬくぬくとシアワセーに生きてきましたっていう感じの人生じゃないだろ?それ言うなら。」
俺のは違うよ、と悟空は返した。
「だってさ、もーよく覚えてないんだ。だからってワケでも無いけど……なんだろうな、今がいいからさ、それでいいし、平気なんだよ俺は……。だからやっぱり、分からないんだよ。」
それが、強さだと知らないでいる。今が大事だからと言い切れること。
悟浄はくせのある茶色い頭を不意にぐしゃりと押さえ込んだ。
「だーっ、何するんだよ!」
「まー、あっちの二人のことはしんねーけど」
目線で壁を、噂の二人が寝ている筈の部屋を指して続ける。
「少なくとも俺は、何年も前の事よりもさっきメシんときおまえに取られたギョーザのことのが気になるぜ?」
「ギョーザかよ!」
「そういうもんだよ。良くも悪くも、忘れてくもんなんだよ。別に逃げるとかそういう意味じゃなくてさ。だーから、おまえの方がその点にかけては進歩してんじゃねえの?」
「……何それ。褒められてんのかけなされてんのかイマイチ分かんねーんだけど。」
「褒めてるよ。……つーワケだから、皿のついでにコレもおまえが返しとけ。下の厨房分かるだろ。俺はもう寝るぞー。」
かつん、と空き缶を鳴らしてテーブルに置いたと思ったら、悟浄は既にシーツをかぶり始めている。
「あ、ズリ!いつの間に終わったんだよ!」
「電気も消しとけー。なるべく早くなー。」
「あーハイハイハイハイ分かりましたァ!なんだよもー。」
ぶつくさとこぼしながらも素直に皿と空き缶を持って立ち上がる。
静かになってふと気付くと雨音は幾分と弱まっているようだった。明日の朝には晴れているといい、悟空はそう考えていた。
-end-