息までが凍る澄んだ空気の中、黙々と雪を踏む足音四つ。
進む先は見渡す限りの白い大地。
「……。」
ふと足を止めて悟空は空を見上げた。
溜息か、はたまた感嘆の息か、吐き出した空気は大きな白い靄になって昇っていく。その頭上をバスッと三蔵の手がかすめた。悟空の視界は引き下げられたフードで覆われてしまう。
「ボサッとしてると置いてくぞ!」
「ッテ、いきなり何すんだよ!」
悟空は既に追い越し、揺れる白いマントとなった三蔵の背中に抗議する。が、当然三蔵は振り返らずに手を振るばかりである。曰く、寒くて脳まで凍ったか、と。悟空はムッと眉を上げたが、更に後ろから追いついた八戒が言葉をかける。
「どうしたんですか、急に空なんか見上げて。」
「あ―、うん、スゴイ真っ青だなあと思ってさ。」
八戒はゆっくりと空を仰いで、そうですね、と頷いた。
「寒くて空気が澄んでいるからでしょう、きれいですね。きっと今晩は星もきれいに見えますよ。」
「ホント?」
「さっさとしねーと寒空の下で眺めることになりそーだけどな、お先!」
悟浄が追い越しざまにまたしても悟空の頭をはたいて行った。
悟空は防寒対策のマントの前をきっちり合わせなおすと、今度こそ積もった雪をもろともせず一気に駆け出した。
「……そんなに俺の頭って殴りやすいかな。」
走り際にぼやいた一言に八戒は思わず口元を緩める。が、慌てて自分も足を早めた。悟浄の言う通り、急がないとこの雪の中野宿する場所を探すか、或いは夜を通しての強行軍になりかねない。
何とか山を下れば雪もなくなるだろうし、また麓には村もある筈だった。
「ちょっと待てよ三蔵ってば!」
勢いよく三蔵の右手を引いて、悟空は驚きの声を上げた。
「うわ、三蔵の手冷たッ」
「フン、おまえの手が無駄に熱発散してんだろ、お子様は体温高いからな。」
悟空から振り払うように右手を取り返して三蔵はそっけなく言う。悟空はんなことない、と否定しながら再び三蔵の手を取る。
「絶対コレ冷た過ぎだよ、ヘンだって!」
「外が冷たいんだから当たり前だ!」
「だって俺の手はそんなことないもんほら、あったかいだろ?」
「だからこのクソ寒いってのに、それが普通じゃねえんだよ!」
「え―、おかしいよ、やっぱー。……な、悟浄?」
横を歩く悟浄は振られて曖昧に相槌を打つ。何気なく三蔵の手に触れようとして、思い切りよくはたかれる。
「……ナンだよ、この扱いは。」
「二人してベタベタベタベタ触ってんじゃねえよ、ウゼェ!」
ザクザクと雪を踏む音が続く。悟浄がああ、と漏らした。
悟空が見上げる。
「何?」
「あれだよそれこそ血も涙も無いから」
―パシィッ
悟浄の顔面には言いかけた言葉を最後まで言う暇も無くハリセンが炸裂していた。真横から裏拳の要領でキたらしい。切れるような空気も手伝って痛さはいつもの倍だ。すぐには悲鳴さえも出なかった。
「……。」
悟空が心配げに足を止めた悟浄を見遣る。
「……えっと……平気?」
「オー、なんとか。な?だから冷血どーぶつだってぜってー。」
懲りずに悟浄は最後まで言わんとすることを口にした。前を行く三蔵がそう遠くないことを見て取り、流石に笑えず悟空はただ頷いた。追いついた八戒はそんな二人に構うことなく、三蔵に向かって呑気に声をかける。
「三蔵って冷え性だったんですか?だったらコレはツライですねえ。」
「だから違うって言ってんだろうがッ」
「え―冷え性だったら寒いんだ?」
悟空が尋ねると八戒がそうですねえと答える。
「夜とか眠れなくなる方もいるらしいですよ。あなどれない病気です。」
「え?病気なんだ?三蔵大変じゃん!」
「しつこいぞ、違うつってんだろ!」
「でもどっちにしても手ぇ冷たいし寒そうだし。」
「だからこれがフツー……ったくだからベタベタ触るな!」
再び走って三蔵に追いついた悟空が今度は強く三蔵の手を引いた。
「イヤ、この方があったかくない?」
僅かな、間があった。
三蔵は足を止め微かに目を眇めると―。
「だからベタベタすんなつってんだろ、さっきから無駄な運動のおかげで随分あったかくなってんだよ、なんならおまえも運動するか?」
「だ―、三蔵、雪山でデカイ音出したら駄目なんだって、それは無しだって!」
両手を上げた悟空の前には黒光りする銃身。
悟空は一目散に駆け出した。
「僕ら離れて歩いてた方がよさそうですねえ。」
八戒が少し後ろでのほほんと言う。悟浄は顔を歪めた。
「テメェであおっといて言うか?」
「……しかし三蔵、本当に冷え性なんでしょうかね?」
「……俺が知るかよ。」
その二人の前にはどこまでも続く白い雪原、先は青い空とぶつかって強烈なコントラストを作り出している。その鮮やかな二色を背景に、悟空が走りそれをせっつくように三蔵が銃をかざしていた。
息までが凍る澄んだ空気の中、雪を踏む足音四つ。
それぞれのペースが違ったリズムを刻みつつもつかず離れず足跡は続いていく。
進む先は見渡す限りの白い大地、そんなある日のお話。
-end-
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