触れるだけのやさしさなんて要らないから
野良猫にするみたいに頭を撫でるだけなら
最初から見つけたりなんてしないで
欲しいのはたったひとつの答えだけ
崩れていく塔の中で、彼は中空にかざした自らの手を眺める。
名前の無い、けれど確かに存在する自分自身(エゴ)。
―思った通りだった。
誰も、誰もいない。ひとはひとりで生きていく。
絶対の救いなど無い。
―思った通りだった。
激しい痛みは、しかし和らいでいき、生温かい血液の温度だけがリアルだ。溢れ出していくイノチの感覚。確かに、生きていたのだと。そう、思わせてくれる。
崩れていくおもちゃの城。
悲しくも、怖くも無かった。
全てはあるべき場所に還るのだと、そう思った。
もう一度だけ。
そう、開いた瞳に、最後まで追い続けていた影を彼は見出す。
瓦礫に遮られ、降り注ぐ眩しい光に射ぬかれ、そして刻一刻と失われていくイノチの時間に、視界は殆ど利かなくなっていたが、ここに誰かが現れるとしたら、他に考えられなかった。忘れるはずも無い気配。
彼はふっと唇を持ち上げた。
「―負けちゃった、俺。」
口にしたときに、分かった。
ああ、今が、そのとき。
きっと待ち望んでいた最後のそのとき。
めまぐるしく動いていくこのセカイだから
不変のものなんてどこにもない
自分さえも変わっていくけれど
確かなものはきっとある
約束なんてしなくても、きっとそれは変わらない
「……ハ」
どうればよかったのだろう。
自嘲の溜息とともに吐き出された煙草の煙の行方を追いながら、悟浄は考える。
賢くなんてなれはしないから、あの瞬間、ただ、何故か、手を差し伸べようとそう思っただけだった。それだけではいけないのだろうか。
ずっと透明なまま、何も見ていなかった瞳。―子供のような。
『優し―じゃん』
やさしかねぇよ、回想の声に再びそう返す。やさしくなんてない。そうせずにはいられないエゴがあっただけだ。結局は全てが自分の為に、そういうふうにしか、生きていけない。それが自分だけなのか、他の誰もがそうなのか、そんなことは知らないけれど。
分からないことばかりだ。
それでも陽は昇り、再び夜は来て、地球は変わらず回り続ける。
皮肉なもんだな、なんとなくそう思って悟浄は吐き捨てるように地面に落とした煙草を踏みつけた。本当に、分からないことばかりだ。
「またポイ捨てですか。」
無意味なことは承知の上で、しかしわざわざそんなことを言った相手は八戒だ。悟浄は唇の端を少しだけ持ち上げる。
「い―んだよ、大自然は脅威だからな、土に返るって。」
「ああ、そう言えばフィルターは腐らないそうですよ、知ってました?」
「……そうなの?」
「ええ、マジだそうですよ。」
冗談めかして悟浄や悟空の語彙で八戒は答える。
「ふーん」
たった一度だけのゲームをしよう。
負けるまで終われない、そんなゲームを。
カミサマなんてこの世にはいなくて、待っていてもシアワセはやってこなくて、だから、この命さえ簡単な理由で賭けられる。
たった一度だけのゲームをしよう。
いつか終わる日を心待ちにする、狂おしいまでの賭けを。
何の為に生きるかなんて誰も知らなくて、誰も愛してくれないのなら、ただここにいることさえもが苦痛なんだ。
だから、ゲームをしよう。
終わっていくそのときに、何かを感じられるなら、そのときまでは生きていられるから。
誰もが逃れられない、たった一度のゲーム。
さあ、賽を振ろう。
end
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