「あ―カノジョたち、ここらでタバコ売ってるトコ」
きゃあきゃあと何やら楽しげに嬌声を上げて歩いている若い女性の集団を見つけて悟浄は声をかけようとしていた。本日は残念ながらムサイ野郎共と相部屋なので、純粋に額面通り煙草を売っている場所を探していただけなのだが、それでも女性を選んで声をかけてしまうのは最早習慣としか言いようが無い。
しかし、悟浄は結局彼女たちに話し掛ける事は出来なかった。
腰よりも下、かなり低い位置で衣服がぴっと引っ張られるのを感じて、小さな疑問符とともに振り返る。するとそこには―
「パパ!」
lovely babe
「で――連れて来たってか?」
新聞越しでも顔をしかめているのが手に取るように分かる三蔵の言葉に悟浄はばんばんと机を叩いて抵抗する。
「だってよ―、何と言おうが俺が父親だって言い張るんだよ!マジに!しまいにゃ通りがかりのヤツに、これだから若い父親は無責任だねえとか言われるしよ!」
奥から温かい飲み物の入ったマグカップを持ってきた八戒も会話に参加する。悟浄の説明する経緯が手に取るように想像出来笑いを禁じ得ない様子だ。
「案外ホントだったりして?お似合いですよ、何だか。」
「俺はこんな西の方に来たの初めてだっての!」
「悟浄、あんまり大きい声たてちゃどうかと思いますけど?」
八戒に言われて悟浄は、いけねっと目線を下げる。
そう、その視線の先―彼の膝の上には、年の頃にして四歳ほどの、それは愛らしい少女がちょこんとおさまっていた。しかし彼女自身は、あまり大人の男の大声にも驚いた様子は無くにこにことしている。
三蔵がここにきてやれやれと溜息混じりに新聞をたたむ。
「で、どうする気だお父さん?」
「クッソ、オメーに言われると倍は腹が立つな。」
「余計な面倒を持ち込むからだ。」
悟浄が何を思ったか、少女を抱きかかえ三蔵の顔が良く見えるようにしてやった。
「ほーら、こっちがマ」
「死にたいか?」
三蔵が剣呑に言葉を遮る。銃もハリセンも出なかったのは彼なりの配慮だろう。
しかし。
「ママ!」
少女は満面の笑顔で三蔵を指差したのだった。悟浄は慌てて首を振る。
「俺まだ何も言ってねえって!」
八戒が言う。
「こんな目付きの悪いママはちょっとイヤですよねえ。」
「……よく分かった。覚悟しとけ。」
「俺か?俺?それは俺に言ってんの?……なんなんだよったくよー!」
三蔵はしかし言ったきりまた新聞を広げ、黙り込んでしまった。悟浄は少女の顔を覗き込み嘆息する。
「オメーよー、ホントに俺がパパなワケ?」
「ウンそう!お姉ちゃんが、いつも教えてくれてたのね、だから、パパ見つけたの!」
「そうですかー」
「ウンそうなのー」
悟浄に頬をつつかれて少女はきゃっきゃと笑った。
「イヤホントにお似合いですよ……ココアですけど飲みますか?」
八戒の言葉に少女は大きく頷く。そこで彼は、熱いから気を付けてと言い添えて小振りなマグカップを持たせてやった。
「……気を付けて上げてくださいね、お父さん。」
悟浄はがくりとうなだれる。ついでにはーと大きく溜息も落とした。
「そいや、名前は?おなまえー」
少女はがばっとマグカップから顔を上げた。更に片手を離した為にマグカップを取り落としそうになったので悟浄は素早く手を添える。子供の面倒を見るのが初めてとは思えない手際の良さだ。
「芽衣!よっつです!」
彼女はそう言って、カップから離した右の手で四を示した。悟浄がちゃんと言えたなーエライなーと返すと得意げに笑った。八戒はその様子をまじまじと見て、そしてぽんと悟浄の肩を叩いた。
「どうなることかと心配しましたが……あなたなら大丈夫です、ええ。」
「イヤ待て、その台詞には激しく誤解を感じるぞ。」
悟浄はテーブルの上に視線を泳がせ、灰皿の傍に置かれたマルボロのパッケージに目をやる。そろそろと手を伸ばす―。
「高くつくぞ。」
新聞の向こうからシンプルな一言。見えているかのようなタイミングだ。
「いいじゃねえか一本くらい!」
バサリと新聞が下がって、剣呑な顔が現われる。
「大体てめえさっき買いに行ったんじゃ無かったのか?」
「だから買えなかったの!」
「こっちも残りが少ねぇんだ!」
テーブルの下できょろきょろと二人の顔を見比べている芽衣に気付いて八戒がまあまあとたしなめる。
「それでさっき悟空に買いに行かせたんでしょう。もうじき戻りますよ。と言うより」
ばたん、と部屋の扉が開いた。聞き慣れた声と足音。
「ただいまー、三蔵、このへんマルボロ置いて無いってさ!」
「うはははダッセー!」
まっさきに悟浄が反応する。にたにたと笑う悟浄に三蔵は眉を吊り上げ、だが、フンとまた新聞に向き直った。
「子連れでナンパも出来ん男に言われても痛くも痒くも無いな。」
「ったく次から次へと憎まれ口だけは達者だなあこのハゲはよ!」
「……ハゲハゲハゲハゲ、自覚のあるヤツほどよく口にするんじゃねえか?」
「俺は四回も言ってまーせーん―!」
三蔵の手にしていた新聞の端がくしゃりと握り締められた。
「よっぽど死にたいらしいなあ?」
まさに一触即発。が。
「うわ―ん!!」
耳をつんざかんばかりの泣き声が部屋に広がった。マグカップを両手で握り締めたままわんわん泣く芽衣を、八戒が悟浄の膝から引き取ってよしよしと背を撫でる。目線だけで言わんこっちゃないですよ、と無言のプレッシャーが三蔵にも悟浄にも伝わった。
「えっとさー」
未だ戸口に立ったままの悟空が、ぽりぽりと頭をかいた。
三人の視線を受けて、後の句を継ぐ。
「誰?と言うか、俺のいない間に何あったの?」
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