+2005年八戒バースデーSS+

もう九月も半ばを過ぎようと言うのに一向に熱さが和らぐ気配は無い。
まあ確かに暑さ寒さも彼岸までとは言うが、太陽はギラギラ蝉は終わら ない夏を謳歌している。
 いつだったか秋は何処に行ったのよとぼやいたならば、何処ぞの尊き 最高僧様は、
「テメェの品性と同じとこだろ。」
とのたまったのだった。なので、
「そりゃァ当分お目にかかれそうもねえなァ。」
と返しておいたのだった。それから多分何日かは経っている筈だが、や はり真夏さながらの暑さはご健在だ。
「なあなあなあおたんじょーび会やってみたい!」
 顔を見せるなりそう言った悟空に悟浄は取り敢えず、
「おたんじょーびかいね。」
と復唱し、カレンダーを見上げた。以前なら一月から動かないこと請け 合いの日めくりのカレンダー―酒屋か何処かから貰ったやつ―は、几帳 面な同居人のおかげで正確に今日の日付を表している。九月二十一日。
「たってお前の誕生日いつよ?」
「えー?オレー?」
 家人に断り無く既にテーブル上の菓子皿に悟空は手を伸ばしている。 溜息を落としながらも悟浄は皿を手でちょいちょいと押してやった。
「さんきゅ!俺ってあんまよく誕生日とか分かんないんだよねー。」
「あーそっか。」
 悟空の生い立ちは三蔵からかいつまんで聞いた程度だったが、悟浄に もその理由は分かった。
「俺的には三蔵と会った日とか?」
「あーそうゆのでいいんでない?でいつよ?」
 悟空はカップケーキを加えたまま渋面になっていく。
 それを見ながら悟浄は、そいや女にカップケーキの感想をリクエスト されてたんだっけとあらぬことを考える。後で悟空に聞いておけば問題 無いだろう。
「え――――とたぶん四月で――そんで――」
「誕生日にするくらいなら覚えとけよ!」
「仕方無ぇだろ、今と違って日付の感覚とか無かったんだよ!」
「帰って手帳見たら分かるぞ。」
 そこに割り込んできたのは三蔵だ。これまた主に断り無く手近な椅子 に腰を据える。
「……いらっしゃーいって昼間っからこんなとこいていいワケ?」
「こう暑いときに仕事なんかやってられっか。」
「ソーデスカー」
 ここならそうそう誰かに見られる心配も無い。絶好のサボり場所とい う訳だ。悟浄としてはこう大集合状態となってしまっては暑苦しくて仕 方が無い。
「でー何月何日?」
「煩せーな、帰らねーと分からんと言ってるだろうが!」
「てーか手帳って……アンタ、日記とか付けるんだ?」
 悟浄はふと思い付いて何気なく問った。特に他意は無かったのだが。
「悪いか?」
 三蔵からは鋭い一瞥が返って来た。イエ別にーと悟浄はひらひら両手 を挙げて見せる。
「三蔵だと日記って言うより忘備録ってカンジしますよね。」
 人数分の麦茶をトレイに載せて八戒がやって来た。
「まあその方が近いな。」
「ぼーびろくってなに?」
「忘れちゃいけないことをメモしとくんですよ。今日はヤマオカさんの 三回忌でした、とか。」
「へー」
 あーじゃなくて、と悟空はグラスをテーブルに置いた。
「たんじょーびかい!」
「どっちにしたっておまえのは随分先じゃん。」
「別に俺のじゃ無くてもいいんだって」
 そうなのかー?と返して三蔵を見る。取り敢えずは保護者へ、だ。
「残念だったな、俺はまだ先だ。十一月だからな。」
 悟浄はウゲと小さく呟いた。
「うっそマジで?なんかイヤだなー。」
「悟浄も十一月なんですか?」
 問う八戒にぴんぽーんと、しかし陰気に答える。三蔵はフンと鼻を鳴 らした。
「不満でも後から生まれたおまえの責任だな。」
「それは言えてますね。」
 年の話は以前に何らかで出たのだが、わざわざ誕生日について言及す る機会も無かったので何だか妙な感じだ。
「えーじゃ八戒は?」
 八戒が困ったように視線を泳がせる。
「自己申告するのはちょっと恥ずかしいんですが実は今日だったり?」
 八戒の目線は悟浄が見ていたのと同じ、壁の日めくりカレンダーにあ る。
「へーオメデトウ、って事は乙女座?」
 悟浄はパチパチと手を叩いた。三蔵が乙女座か……と低く呟いた。そ れで悟浄も少し考えて付け加えた。
「乙女座ってーと思い込み激しいとか夢見がちって印象あるよな。」
「……確かに予想を裏切ってない気もするな。」
「あははははは、ありがとうございます。」
 何故か笑顔で応じる八戒に、二人は顔を見合わせる。
「今褒めたか俺ら?」
「……微妙だな……いろいろな意味で……。」
 そんなことはどうでもいいからーと悟空が机を叩いた。
「じゃー八戒のおたんじょーび会やろうぜおたんじょーび会!」
 八戒は本人と言う都合上コメントし難く口を閉ざしている。三蔵はと 言うとこれまたマイペースに菓子皿に手を伸ばしている。仕方が無いの で、悟浄はのろのろと口を開いた。
「いーんでない、メデタイ事はいいことだしよ。」
「いよっし!……で、何するの?」
 悟浄は思わず頬杖にしていた右腕をガクリと折った。
「え?そこから?そういう話?」
「社会勉強中なんだ、頼むぞ。」
 怠慢な保護者から無責任な一言がかかる。
「えー、どうなんスか人生の先輩?」
「それ僕の事ですか?なんかイヤですね、たかが二ヶ月程度の差で。」
 悟空が八戒の袖を引く。
「で、何すんの?」
「そうですねえ、僕は孤児院の育ちでしたから……。同じ月の生まれの 子供をいっぺんにみんなでお祝いしてましたねえ。ケーキがあって…… これがまた大して美味しくないんですが……飾り付けして、あとハッピ ーバースデーの歌とか歌って。」
「あーなんがつ生まれのお友達の誕生日会みたいな?」
 大体の雰囲気は想像が付いて悟浄が口を挟んだ。そんな感じです、と 八戒。
「へー、みんなで、たくさんでお祝いするんだ。」
「そうですね。」
 次に悟空から返って来た言葉は、八戒にとっては意外なものだった。
「いいじゃん、楽しそうだね!」
 あの頃の記憶は断片的だ。或いは、希薄とでも言おうか。
 ―何処かにいる僕の片割れ
 失ったものばかりを探して、今あるものを見つめようとしなったから なのだと、今なら分かる。あのときシスターは自分を可哀想な子だと言 った。今なら、その理由も分かる。
 何事も無ければ、今こうして同じ日に記念日を迎える筈だった彼女。
 忘れるわけも無く、失った事は今でも悔やまれる。けれど、彼女を失 わなければ見えなかったものもあるのは真実だ。
 全ての隣人を愛することは出来なくても、目を向けることで得られる ものはあったかもしれない。きっと、あの粗末な誕生日会も、ささやか でも楽しかったのだろう。
 主観的には随分、だが傍から見ればほんの少しの間を置いて八戒はえ え、と頷いた。
「楽しかったですよ。」
「じゃーケーキと飾り付け!」
「そうですね、じゃあ折角ですしケーキ作りましょうかね。」
 悟浄は再び付き直した頬杖をまたしてもずるりと崩した。
「え、主役自ら?」
「細かいことは気にしちゃ駄目ですよ。なんでもいいんでデコレーショ ンに使えそうな果物買ってきてくださいよ。」
「俺も行くー!」
「ハイハイ、イッテキマース。」
「イチゴ!俺イチゴがいい!」
「バッカ、この時期にイチゴが食えるかよ!」
 二人がやかましく部屋を出て行く。八戒もキッチンへと姿を消す。
 三蔵は我関せずと言う顔をして、けれど決して帰ろうとはせず座って いた。
 さあ、楽しい誕生日会はこれから―。

なんかサイト始めて初めて八戒の誕生に何かやった気がするのがコレ。でもこの話で書いてて楽しかったのは悟浄と悟空の絡み。……これでも私猪ファンです。

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