それはある日、宿屋でのこと。
三蔵は談笑する他の三人から離れてひとり新聞を広げていた。殆ど無意識に懐に向かった手は、しかし、目当ての物を見つけられず、空の手を見つめて彼は軽く顔をしかめた。
「……煙草が切れた。」
八戒が耳聡くそれに気付き目を向けた。しかし笑顔と裏腹にその言葉に親切心というものは見当たらない。
まあ、相手も相手であるが。
「先程、買い物に出る前にちゃんと聞いたでしょう。要る物はないですか、って。」
他二名は無視を決め込んでいる。煩い事態を招くのも考えものだ。結局三蔵は溜息とともに立ち上がった。
「少し出てくる。」
八戒はにこりと笑顔で応じた。
「行ってらっしゃい。」
気だるい仕草でドアまで向かい、そしてドアは開いてまたバタリと閉じた。その音に紛れるように、金属質の響きがコトリコトリといくつか耳に届いた。八戒はドアを見遣り、そのすぐ下の床に視線を落とす。
「あいつ珍しく黙って出てったな。雨でも降るんじゃねえの?」
悟浄は雲ひとつ無い窓の外を眺めて言った。悟空が笑う。
「雨ならまだいいけど槍とか!」
「ヒデー、それはヒデーだろッ」
「先に言ったのは悟浄だかんな!!な、聞いてたろ、八戒!……八戒?」
悟空が床に視線を張り付かせたままでいる八戒に気付いた。悟浄もすぐに不思議な顔をした。
「なにしてんだ、おまえ。なんか珍しいものでも落ちてんのか?」
八戒からは、真顔でこんな返事が返ってきた。
「……よく分かりましたね。」
「は?」
二人には益々わけが分からない。
八戒は椅子から立ち上がるとドアの近くにしゃがみこみ何かを拾い上げたようだった。二人の目の前までやって来て、閉じていた掌を広げる。
「落ちてたんですよ、珍しいものが。」
悟浄がその手から銀色の輝きを摘み上げた。
悟空は悟浄の摘み上げたものと八戒の掌に残された物を交互にきょろきょろと見た。
「ボルト、とナット……?」
「まあ、部屋の中に落ちてるにしちゃあ珍しいけど、どうかしたのか?」
八戒はつと眉を寄せる。
「いえ、僕の見間違いでなければ、三蔵が落としたような気がするんですよね……?」
八戒の不審のわけが分かり悟浄はしかし余計に疑念を顔に広げた。
「別におまえを疑うわけじゃないけどよ、なんで三蔵がボルトやナットなんか持ってんだ……?ガキかカラスでも無えだろうし。」
「それはそうなんですが……。」
悟空はボルトとナットを玩んでいる。
「あのー、悟空、三蔵は何かこういったものが好きなんですか?」
八戒の問いに悟空はあっさり首を振る。
「それは無いと思うよー。だって昔俺がこういうの拾って来たら捨てて来いってうるさかったし。」
二人は悟空の手元に視線を吸い寄せられたまましばし沈黙を保った。
やがて、八戒が、ああ、と手を打った。
「こういうのはどうです?
実はそれは三蔵のパーツ
なんです。」
その目を見れば、冗談なのは一目瞭然だ。しかし悟浄はにやっと笑った。
「なんだよそれ?」
「いえね、前から不思議だったんですけど。三蔵のプロフィールって知ってます?身長177cm、体重64kgにしてウエスト56cmなんですよ?」
悟空が声を上げる。
「あははははは、それぜってー三蔵体重サバ読んでるって、そんなにあるワケねえじゃん!!」
「三蔵様、カッワイー!!」
そこで八戒はわざとらしくつっつっつと人差し指を立てて見せた。
「そう思いますでしょう?ですけれど僕には今、その謎が解けたんです。三蔵の体重は何故そんなにあるのか?それは、
三蔵が人型ロボットだからなのです。
三蔵は金属製なんです。ですからあの体格であの重量なのです。」
そこまでを一切、真剣な表情で言い切った八戒に二人は盛大に腹を抱えた。
「あはははははは、じゃあ、三蔵ってメカなんだ!?」
悟浄がひったくるようにして悟空からボルトとナットを奪う。
「バッカ、おめえ大事にしろよ?何せ、コレ三蔵の部品なんだからよッ」
八戒は依然真剣な表情を崩さず続ける。
「未来の世紀からやってきた人型ロボット(僧侶仕様)玄奘三号は、どんな嵩張るものも便利に収納いつでも取り出せる四次元袂・懐をもれなく標準装備しております。また怒鳴る・しばく・撃つ等の多彩な機能で皆様のニーズに細かく対応することが出来ます。更に気に入らない対象はオートで抹殺する便利な短縮機能も備えています。」
「ぎゃはははははは、俺ッ、俺ぜって―いらね―そんなの!」
「助けられるどころか陥れられるっつーのッ、ぜって―売れねえ!!」
大笑いする二人を前に、八戒は大袈裟に広げて見せていた両腕はそのままに、軽く肩をすくめて見せた。
「……な―んてね。ま、宿の備品の何かでしょう。貸してください、後でどなたか従業員の方に渡しておきますから。ほら、二人ともいつまでも笑ってると、話題の張本人が帰ってきちゃいますよ?」
「だってだってだって……ッ」
「テメ、卑怯だぞ、この流れだとどうせ」
そのとき。
―ガタン
勢いよくドアの開く音に、笑っていた二人は椅子の上で不安定な姿勢のまま、まさに硬直した。まさか本当に狙い済ましたかのように今この瞬間に帰ってくるとは……。二人は半ば覚悟してそろそろと視線を部屋の入り口に向かわせた。
しかし、そこにあった三蔵の表情は二人の予想していたものとは少し、違うものだった。
急いで帰ってきたのか―珍しいことだ、恐らく走って帰って来たのだろう―、三蔵は荒い息に肩を揺らしていた。幾分か血の気さえ引いている青い顔を上げ、口を開きかけて、また少し息を吐いた。その姿に只事ではないものを感じ、三人は表情を固くする。
八戒が身構えた。
「……何があったんです?」
悟空と悟浄も立ち上がっていた。その顔に先程までの笑いの余韻は無い。
「刺客か!?」
「三蔵ッ」
緊迫が、走る。
ゆっくりと、三蔵は顔を上げ、荒い息の下に何事か掠れた声で囁いた。
だが一番近くにいた八戒でさえ聞き取ることが出来ず、もどかしく促す。
「三蔵、もう一度お願いします。」
三蔵は顔を上げ、また大きく息をした。
三人は固唾を飲んで見守る。
そして、搾り出すように三蔵は言った。
「ここにボルトとナットが落ちて無かったか……!?」
三人が思わずきょとんとしたことは言うまでも無い。しかし三蔵は真剣そのものだ。しばし顔を見合わせて、八戒はおそるおそるといった仕草で掌を開いて見せた。
「それなら先程ここで拾いましたが……。三蔵、やはりあなたが落として行かれたんですか……?」
「貸せ!!」
しかし三蔵は八戒の質問に答えることもせず文字通り、ボルトとナットを奪い取り、くるりと背を向けた。
呆気にとられた八戒に代わって悟空が口を開いた。
「待てよ三蔵、どういうことなんだよ!?」
既にドアに手をかけていた三蔵がピタリ、と止まった。
「どういうこと、だと?」
「ええ、出来れば説明を」
「そんなことも分からねえのか?一個でも足りないと壊れ」
しかしまた先刻と同じように唐突にぴたりと言葉は止まり、再び三蔵は部屋を後にしようとした。悟空は尚も問い詰める。
「三蔵、なんだよそれ、何処行くんだよ!!」
「ちょっと花摘みに。」
「花摘みィ!?」
悟浄がようやく呪縛から逃れその言葉を繰り返した。三蔵は焦ったように言う。
「便所だ!!!……チッ、もう影響が……!とにかく俺は出る!!」
今度こそ、呼び止める間さえ与えず三蔵は部屋を出た。足音は走っているようで高く、しかし急速に遠ざかった。残された三人には沈黙が降りていた。やがて、視線を交わし合う中で悟空がまず口火を切った。
「なあ、今のアレ……。」
悟浄はただがっくりと項垂れている。
「言うな、それ以上言うなよ悟空!!」
「ホントに……」
しかし自分でも止められないといった様子で悟空は蒼白な顔を八戒に向けた。同じように血の気の引いた顔を、八戒はそむけこそしなかったが、今口にするべき言葉を持ってもいなかった。悟空はごくりと唾を飲んだ。
「三蔵ってロボットなの……?」
悟浄は片手で両の目を覆った。
「言っちまったよコイツ……!」
救いを求めるような眼差しに耐えられず遂に八戒も顔を背け、ただ首を振った。
「そんな、そんなの……三蔵ッ」
悟空はがたりと立ち上がると部屋を走り出た。
二人には真の沈黙しか残されてはいなかった。
遂に偽りの生命であることを仲間に知られてしまった三蔵、そしてその事実を前に揺れごく悟空の胸中……。四人の結束と使命は守られるのか!?次回、「RELOAD〜絆、再び〜」、須らく看よ!!
→って別に続きゃしませんオチなくてすみません終わり。
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