無限の疑惑

その日、宿の部屋の中は珍しく静寂に包まれていた。
日は高く上り、本来ならとっくに先に向けて出発していても良さそうな時間だ。
目指す西はまだまだ遠いのだから。
しかし四人は未だ部屋にとどまっている。一つのテーブルを囲み黙々と手を動かしている。中央のテーブルの上にはペーパーフラワーが山と積まれ、まだ仕上がっていない紙の束もいくつも置かれている。 仕上げた花をもてあそんでふと悟浄は隣りの悟空の手元を見やった。
「うっわ、おまえヘタ!」
「なんだよ、そういう悟浄は・・・・・・うわ、スゲー、悟浄うまいッ」
悟浄の手元を覗き込んで素直に言う悟空に悟浄は満更でもないという様子だ。
「まあな、よし見てろ、こんな事も出来るぞ、ハイ種も仕掛けもございませーん。」
悟空の前で手のひらを握ったり開いたりしてみせる。
「うんうん。」
「はいそれでは・・・・・・」 両の手を合わせて離すとそこには今までにはなかった花が現れていた。悟空はぱちぱちと手を鳴らした。
「うわ、スゴーイ。」
「まあ、器用だからな。」
ちょっとした手品で盛り上がる二人だったが、そこでそれまで黙していた三蔵がだん、と机を叩いた。
「いーかげんにしろ、さっさとやれ、終わらねーぞ!?」
「三蔵様、まっじめー。」
「ふざけてろ。」
悟浄はそろそろと三蔵の手元をのぞく。
「つうか、三蔵、”ふざけてた”俺よりすくねえじゃん。」
三蔵の手がぴたりと止まる。
「・・・・・・だからどうした。」
「んだよ、ホントのことだろ?」
一触即発睨み合う二人に、そこでまた別の方向からだん、と机が鳴った。
・・・・・・八戒だ。
「ハイ、二人ともそこまでですよー、じゃないと僕が何かしますよ?」
いつもと変わらない−むしろ30%増量気味の笑顔でいう八戒に誰も返す言葉を持たなかった。
悟浄は緊迫した空気をそのことで追い出すように長く息をついた。
「つーか、誰だよ、カードなくしたのは?」
そうなのだ。
机に山と積まれたペーパーフラワーは内職の結果なのである。今朝宿を出ようとしたところで、カードがなくなっているのに気付き、寛容な主人のおかげで取り急ぎ労働奉仕で払うことになったのだ。
悟浄の言葉に三蔵はふんと吐き出した。
「おまえしかいねえだろ。」
「だーかーらー俺は昨日買い物した後ぜってー返したって!」
「どうだかな。」
「言うか?」
またしても緊迫状態。悟空は八戒の表情を伺い手元に目を落として無視を決め込むことにした。
案の定、また机ががたりと動いた。
たった今机を叩いたとは思えない笑顔で八戒は言う。
「さっき僕の言ったことちゃんと聞いてました?」
二人は申し合わせたようなタイミングで大きく頷いた。
「だったら結構です。−さっさと終わらせましょうね?」
それからしばらくは誰も沈黙を破りはしなかった。
だがやがて、悟空がうーと背もたれに寄りかかった。
「もーダメ、退屈で死にそーう。」
悟空の性格は単調作業に向いているとは言い難い。そこへ悟浄がにやりと笑って手を差し出した。
「第二段だ。種も仕掛けもございませーん。」
途端に悟空は生き生きと身を乗り出す。
「ハイ、不思議、不思議ィー」
悟浄が手のひらを擦りあわせるとその間から次から次へとテーブルの上に花が落ちていく。悟空は心の底から感嘆して手を叩いた。
「すっげ、それどうやるの?」
「そーれーはー企業ヒ・ミ・ツv」
「けちィー、いいじゃん教えろよ。」
「うーん、どうしよっかなあ?」
その隣で三蔵が不意に作りかけの花をぽいと投げ出した。
「おまえら」
恐らくははりせんを探ろうと・・・・・・いや、銃かもしれない・・・・・・懐中に手を入れた瞬間、三蔵が言葉と共にその動きを止めた。
既に身構えていた二人は恐る恐る頭をガードしていた手を離す。真顔で完全停止している三蔵を一通り見遣って悟空が口を開いた。
「三蔵、どったの?」
その言葉を契機にして三蔵はがたりと立ち上がった。
「出るぞ。」
「−は?」
今度は悟浄だ。その言わんとするところを八戒が的確に翻訳した。
「あの、お金は。」
戸口に向い三人に背を向けていた三蔵は振り返らないままに右手に持ったカードを見せた。一瞬言葉を失った悟浄だったがすぐにそこから立ち直る。
「おまえ、さんざんヒトのこと疑っといて・・・・・・!それに絶対持ってないって言っただろ う!?」
背を向けたままの三蔵の表情は分からなかったが、次の台詞までに一瞬躊躇があったようにも感じられた。
「・・・・・・ちょっと
故障して・・・・・・いや、なんでもない。」
そのまま後を濁すようにして部屋を出る。
三人はそれを追うことも問いただすことも出来ないまま立ち止まった。
「故障って?」
見上げる悟空の視線を受けて、顔を見合わせた二人の脳裏にはほぼ同時に一つの言葉が浮かんでいた。

(四次元ポケット・・・・・・!?)


言ってはいけない、でも私は思ってしまった。
三蔵氏の所持品=煙草、ライター、カード、形見の金冠、はりせん。
前半はともかく後半二つ。素早く登場、迅速収納。只今四次元ポケット説濃厚。
・・・・・・そのことを言いたいがために私はこれだけ書いたのか。エライよ、ある意味。
(注:世間ではそれを馬鹿と言います。)