ざばん
「うわあああああああああああッ、いいのかよ八戒!?」
「アイツ死なねェか!?」
二人は気味の悪い様子ながらも人のよさそうな玄奘三蔵(綺麗)があっさり突き落とされてしまい、流石に心配になったようです。その取り乱し方は玄奘三蔵(汚)が落ちたときよりもむしろ人間的でした。
猪八戒は余裕の笑みで水面を眺めています。すると今一度泉が輝き出し女神が姿をあらわしました。その両手には、玄奘三蔵(綺麗)(汚)が片方ずつぶらさげられています。玄奘三蔵(汚)はもう罵声を上げることはしませんでしたが、意味ありげな目で孫悟空を見ています。
(あとで殺す。)
確実にその言葉を瞳から読み取った孫悟空は玄奘三蔵(汚)が戻ってきていいものかどうかかなり複雑な心境に陥っていました。
女神は笑顔で問い掛けます。
「あなたが落としたのはこの生臭い玄奘三蔵(汚)ですか?それともこの身も心もクリーンな玄奘三蔵(綺麗)ですか?」
一同はごくりと唾を飲みました。ここでどう答えれば玄奘三蔵(汚)を取り戻せるのでしょう。猪八戒が沈黙を破ります。
「僕らが落としたのは、その綺麗な三蔵です。」
「ええええええええええええええええええええええええッ!?」
「いいのかよそれでッ!!」
二人はパニックです。
しかし。
「あなたは正直ですね。」
泉の女神は微笑みました。そして。
「褒美にこの玄奘三蔵(汚)を授けましょう。」
猪八戒もにこりと微笑み返しました。
「どうもありがとうございます。」
「それでいいのかよ!?」
「なんでなんでなんで」
最早誰にも注目されない中、女神は水中へと姿を消しました。それを視界の隅で認めて猪八戒は二人にまあ落ち着いて、と言います。
「先程この泉は僕らの心を読んでいるといったでしょう?最初にハリセンが落ちたじゃないですか。それで女神が金のハリセンと銀のハリセン、それに普通の三蔵が落としたハリセンを持ってあらわれた。」
二人はこくこくと頷きます。
「そのことがあっただけに三蔵が泉に落ちたとき……願うというのとは違いますが、期待はしてしまったでしょう?ああいう三蔵が出てくるかも、って。」
ああ、と沙悟浄が手を打ちました。
「別にそれが欲しいって思ったわけじゃなくても、そういうふうになるかもって予想したその気持ちを反映してああなったってことか!?」
「そうとしか思えませんね。」
「だから、今はホントは元の三蔵のがいいって思ったからまた出てきたのかぁ―。」
「そういうことになりますね。」
解説が終わったところで、ぱしんと鋭い音がします。沙悟浄と孫悟空はゆっくり泉の方に視線を向かわせました。
その先では、玄奘三蔵がフ、と口元に玄奘三蔵(綺麗)とは明らかに違う類の笑みを湛えて、水中で取り戻してきたのでしょう、ハリセンで繰り返し手のひらを打っています。
ゆっくりと目蓋を開き、二人と目が合ったところで玄奘三蔵は言いました。
「話は終わったようだな。早速で悪いがコロス。」
「ぎゃああああああああああああああああッ、悪かったってばッ、でもだってホントに今の三蔵のがいいからああ言ったんだってばだからあのそのも―――ッ」
「よかったなあ、今の俺とかゆーヤツをたっぷり心置きなく体験させてやるぞ?」
ガウンガウンガウン
早くもエモノは銃に変わっています。
「だから毎度毎度俺が何したって言うよ!?」
「知るか!!」
「テメェはワケもなく人様を銃持って追いまわすのか!!」
「そうだなあどうだろうなあ何せ俺は玄奘三蔵(汚)だそうだからなあ?」
玄奘三蔵(汚)は根に持つ性格のようです。そしてひとのいい沙悟浄がとばっちりを食らう、いつもの光景でした。
猪八戒は少し困ったような、しかし安堵の笑みで彼らの姿を見守っていました。
やがて騒ぎも収まって。
「なあなあ三蔵、今度こそハリセン投げてみたら?」
「そうだぜ、したら超合金ハリセンゲットで無敵かもよ?」
玄奘三蔵が睨むと沙悟浄は降参のポーズで両手をひらひらと振りました。それにうんざりするように視線を逸らすと玄奘三蔵はふん、と軽く吐き出しました。
「ひとから与えられるモンなんてたかがしれてるのはさっきテメェらも十分思い知っただろう?」
ややあって沙悟浄はにやりとしました。
「そうだなぁ、昔からタダより高いモノはねえってな。」
「うんうん、動いた後のがゴハンおいしいし!」
それはちょっと違わねえか……と沙悟浄は孫悟空を見遣りますが彼は自分で自分の言ったことにいたく納得しています。
猪八戒はにこりと言いました。
「じゃあ、もう遅いですし本当にそろそろ休みましょう、皆さん。」
「ンだな―」
「確かに眠い〜」
玄奘三蔵は無言でジープの自分の席に向かっています。
朝陽と同時に始まる旅の続き、けれど今はせめてやすらかな眠りを―夜は静かにふけていくのでした。
ようやくおわり。
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